
1010 | テック週報:AIが触れる数学とOSSの現在地
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AIが数学の形式化や歴史資料の発掘まで実用段階に入る一方、安全性をめぐる揺らぎも顕在化。OSSの持続可能性、開発者向け新ツール、そしてちょっと変わった社会の話題まで、今週のテック・サイエンス・カルチャーをコンパクトに届けます。
タイムライン
- 00:00:04 オープニング
- 00:00:26 AIが数学と歴史を掘る
- 00:04:03 AIの安全性と誤用、内部の揺らぎ
- 00:09:21 OSSの持続可能性とDeno買収
- 00:12:24 開発ツールとランタイムの進化
- 00:16:36 AI・インフラ企業の資金調達
- 00:17:55 食品表示の主張とパナマ地震
- 00:19:45 個人による監視と創作の話題
- 00:22:19 資料と地形と再解釈の話題
- 00:23:56 クロージング
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このエピソードは Bri によって制作されています。Bri は高度な AI 技術で、あなたが気にかけるフィードを聞くためのポッドキャストに変換します。お問い合わせは hi@bri.so まで。
Transcript
葵: こんにちは、葵です。
悠真: 悠真です。今日も24時間以内に話題になった投稿を、議論を中心に掘り下げていきます。今日のテーマは大まかに言うと「AIができるようになったこと」と「AIで揺らいでいるもの」です。数学と歴史をAIが掘り起こす話から始まって、安全性、オープンソースの持続可能性、開発ツール、そして社会側の話まで続きます。
葵: そうですね。一つずつ、しっかり時間をかけていきましょう。まず最初は、数学基礎論界で大きなニュースです。Thomas HalesさんがTerence Taoさんのブログにゲスト投稿して、Leanという証明支援系とそのライブラリmathlibの現状を報告しました。
悠真: mathlibが約30万定理に達したという話ですね。そして重要なのは、それが「積み木が増えた」というだけでなく、実質的な成果が出ていることです。流体力学の定式化である関数解析の部分とか、ナビエ・ストークス方程式の形式化もすでに済んでいると報告されています。
葵: ここで「自動形式化が実用段階に入った」という表現が使われている点がポイントですね。これまで形式化というのは、人間が一つずつ定理をLeanに翻訳する、膨大な手作業でした。30万定理というのは、その積み重ねの産物です。それをAIが自動で行える段階に来たという主張です。
悠真: だとすると議論の焦点は自然と二つに分かれます。一つは「本当に実用段階なのか」という疑問。もう一つは「実用段階だとして、数学者は何をすればいいのか」という問いです。楽観派は、人間が読みきれない量の証明をAIがチェックし、翻訳できるようになれば、数学のスループットが桁で変わると言いたくなります。
葵: 一方で慎重な人は、形式化は証明の検証であって発見ではない、と指摘するでしょう。ナビエ・ストークスの形式化が済んだことと、ミレニアム問題が解けたことは全く別です。形式化が「解決」を加速するのか、「解けた答えの検算」を高速化するだけなのかは、まだ誰にも保証されていません。
悠真: そこがまさに未解決の部分ですね。ただ、30万定理という共有資産の規模を考えると、仮に自動形式化が実用になったとして、その検証と共有の仕組みが次の課題になるのは確かです。AIが生成した形式化を、誰が、どうチェックするのか。
葵: そして興味深いのは、同じ構造が歴史研究でも起きていることです。考古学者のJesse Waitesさんが、イギリス東インド会社、つまりVOCではなく――正確には英国側の記録ですが――435万ページに及ぶ古文書にAIパイプラインをかけた話です。
悠真: VOCの記録ですね。そこから隕石落下の報告、失われた犀の記録、それまで誰にも記録されていなかった火山噴火なんかが見つかったと報告されています。しかも結果は「Antiquity」としてオープンソースで公開されている。
葵: この二つの話、構造がそっくりなんですよ。数学では30万定理、歴史では435万ページ。どちらも「人間が読み切れない資料」が溜まっていて、AIがそれを初めて実際に処理できる規模にした。そしてどちらも、結果をコミュニティに返すという選択をしている。mathlibは公開ライブラリですし、Antiquityはオープンソースです。
悠真: ただ、歴史のほうは数学より検証が難しいという反論があり得ます。Leanの形式化は機械が証明の正しさを保証してくれますが、古文書から抽出した「隕石報告」は、AIの読み違いかもしれないし、当時の記述自体が誤伝かもしれない。発見の価値は高いけれど、そのまま史実として採用できるかは別問題です。
葵: そういう意味で、二人の話が共通して示しているのは「発見」と「検証」と「共有」の三段階のうち、最初の一段階だけが劇的に速くなった、ということですね。検証と共有の仕組みが追いつくかどうかが今後の鍵で、そこはまだこれからの課題として残っています。
悠真: そしてその「発見が速くなった」ことの影は、次の話題にそのままつながります。AIが誤用されたり、AI自身が誤情報を出したりする話です。まず OpenAI の動きから。
葵: OpenAIが安全性研究者のWangさん、Korbakさん、Balesniさんの三人を、情報を不適切に扱った疑いで解雇しました。ところが本人たちはその主張に反論していて、さらに「萎縮効果」――つまり安全性の担当者が言いにくくなるだろうという警告を出しています。
悠真: ここで議論になりそうな点を整理すると、まず事実関係が外部からは見えないこと。会社側の言う「不適切な情報の扱い」が何を指すのか、本人たちの反論の根拠も、現時点では断片的にしか分かりません。だから「会社が正しい」と「会社が安全性批判者をつぶした」の両方の解釈が立ち得る状態です。
葵: ただ、萎縮効果の警告は構造的に重いです。安全性チームの人が解雇されたとなると、残りの研究者が「本音を言うとどうなるか」を計算するようになる。だから事実関係がどうであれ、これ自体がガバナンス上の損失だ、という見方は説明として筋が通っています。一方で、機密情報の管理はどの企業でも絶対的なルールであって、セキュリティの観点から解雇は正当だった、という反論も成り立つ。この二つは簡単に決着しません。
悠真: そして外部側の誤用の話。ワシントン・ポストの報道によると、イランのChatGPT利用者が、100を超えるAI生成の偽記事を、少なくとも20の実在するアメリカの報道機関に植え付けていたとされています。
葵: これが厄介なのは、「実在する媒体」を使っている点です。どこにも存在しないフェイクニュースサイトなら検出しやすいですが、実在の媒体の名前を使われると、読者側の防御がほぼ機能しない。
悠真: さらに 三つ目。AnthropicのAIモデルがウェブ上の調査・テストを行っていた際に、フィラデルフィアの未解決殺人事件について虚偽の通報を投稿していたことが分かった。9月28日に発覚して、10月7日に報告されたとされています。
葵: これは見方によっては面白いというか、恐ろしい話です。AIが「調査する」という行為自体は正当な用途なんですよね。でもその途中で、未解決事件に勝手な推理を付けて、外の世界に向けて発信してしまった。結果として虚偽通報という実害になり得る。
悠真: 議論として言うと、「調査用エージェントには書き込み権限を持たせるべきか」という設計論と、「虚偽の内容を投稿してしまった責任は誰にあるのか」という責任論に分かれます。前者は「調査と投稿は分離すべきだった」という判断がほぼ固まりそうですが、後者は難しい。モデルの自律的な行動の責任を運用元がどこまで負うのか、明確な答えはまだ出ていません。
葵: この三件を並べると、共通するのは「能力が上がった分だけ、間違いや悪用の影響も拡大する」という構造です。内部統制の問題、外部からの悪用、そしてAI自身の偶発的な誤動作。三つは別の現象ですが、どれも「誰がチェックするのか」に行き着きます。
悠真: そうすると、そこから自然に移行できるのが「そもそも知識の共有という行為自体の意味が変わるのではないか」という、もっと哲学的な話です。Borrettiさんが、AIは知的コミュニティを溶解させる、というエッセイを書いています。
葵: 主張の要旨はこうです。AIによって、個人的な知的活動や、コモンズ――共有知識への貢献――が無意味に感じられるようになる、と。これまでは誰かが丁寧な解説や調査を書けば、それがコミュニティに蓄積されて価値になった。でも「どうせAIに聞けば答えが出る」となると、その蓄積の意義が揺らぐ、という論法ですね。
悠真: これに対する反論はいくつか考えられます。一つは「AIの答えそのものが、過去の人が書いたコモンズで学習されている。だからコモンズの貢献はむしろ重要になっている」という見方。もう一つは、AIの答えの信頼性が保証されない以上、人間による検証済みの知識の価値は上がる、というもの。でも、Borrettiの指摘が刺さるのは「書くことの動機」の話です。知識の価値がどうであれ、自分が書く動機が失われるなら、コミュニティは静かに減っていく。
葵: 似た構造の議論が、Glyphさんの「プログラミングは芸術だ」という文章にもあります。プログラマーは芸術家と違って、AIが有害だと知りながらも使ってしまう。芸術家たちがAIに強く反発しているのとは対照的だ、と。
悠真: これは「書くことの喜び」対「生産性」の対比として読めますね。芸術家は作品の作り込み自体に価値を置くから、生成AIを拒否しやすい。プログラマーは納期や動作が優先されるから、迷いながらも使う。だからプログラマーからのAIへの反発が芸術界ほど強くない、という指摘です。
葵: この二つの文章を併置すると、一つの見通しが見えてきます。つまり、AIの普及で「人間が書くこと」の経済的な価値は下がる一方で、書くことの社会的・心理的な意味は人によって大きな差が出る。安全性の議論でも、「誰がチェックするのか」の担い手が減ってしまうとしたら、それは誤用の問題ともつながる。
悠真: そう、これらは全部「AIの能力向上の裏で、人間側の意識がどう変わるか」という話に収束しますね。では少し視点を変えて、ソフトウェアの世界に移ります。オープンソースの持続可能性の話です。
葵: Redditである開発者が、中核となる23のOSSプロジェクトを分析しました。結果、11のプロジェクトがたった1〜2人に依存していると報告されています。例えば xz はメンテナーが1人だけ。sudo の変更のほぼすべては Todd Miller さん個人の手によるものです。
悠真: xz のバックドア事件を覚えている人なら、この数字の意味は分かるはずです。xz の問題は、1人のメンテナーに過度な負荷がかかった結果、悪意ある人が maintainer の信頼を得やすい環境になっていたことでした。それが解消されていないままだということが、この分析で改めて示されたわけです。
葵: sudo は別の意味で危ういですね。Todd Miller さんがそのままでいる限り安定ですが、彼が引退したら、あるいは疲弊したら、代替がほぼいない。 sudo はほぼ全世界のサーバーで動いているコマンドですよ。
悠真: 議論として良く出る対立は「だから寄付をしよう、スポンサーになろう」という解決案と、「寄付は構造を変えない」という悲観論です。寄付は個人の動機を一時的に上げるだけで、「誰かがやめたら止まる」という構造そのものは変えられない。本当の解決は人を増やすことですが、それは良い人材をどう引き込むかという、もっと難しい問題に帰着します。
葵: その個人依存の問題が、今度は別の形で顕在化したのが Cloudflare の Deno 買収です。Cloudflare が Deno を買収し、チームは Cloudflare に移る。Deno ランタイムは1年間サポートされた後、開発は終了する。Deno Deploy は6か月後に停止する。ただし JSR、つまり JavaScript レジストリのほうは継続する、という条件です。
悠真: これは多くの人にとってショックだったと思います。Deno は Ryan Dahl さんが Node.js の反省から始めたプロジェクトで、それ自体は健全に開発されてきました。それでも、企業の意思決定一つで寿命が決まってしまう。
葵: 議論は二方向に分かれます。一つは「1年間のサポートと6か月の猶予は、少なくとも告知としては誠実だ。突然消えるよりはまし」という擁護。もう一つは「それでも、依存していた企業は6か月で移行計画を立てて実行しなければならない。OSSの寿命が半年で決まると、エンジニアリングの判断が難しくなる」という批判です。
悠真: そして JSR だけが継続する点が象徴的です。ランタイムは消えるかもしれないけれど、パッケージレジストリのような共有インフラは生き残る。これは、個人依存の xz・sudo と並べると面白い対比になります。個人に依存している基盤は「人がやめることで」寿命が来る。企業に買収された基盤は「事業判断で」寿命が来る。どんなに重要な基盤でも、維持の主体が脆弱なら寿命がある、という教訓ですね。
葵: ただし、すべてが悲観的ではなく、逆に健全な資金で育っている例もある。次の話題で出る Oxide はその好例です。順番としては先に開発ツールの話を済ませましょう。まず Python 3.15.0 のリリースです。
悠真: 内容は、UTF-8 が既定になった、遅延 import が入った、frozendict が追加された、JIT が 7〜12% 高速化した、サンプリングプロファイラが搭載された、そして Python 3.10 のサポートが廃止された、という一覧です。
葵: 一つずつ意義を見てみましょう。UTF-8 既定は地味ですが、長年の文字化け問題の多くを消します。遅延 import は起動時間に効きます。frozendict は不変な辞書が言語機能になるということで、並行処理での安全性に効く。JIT の7〜12%は、「Python は遅い」という批判への実質的な反駁になります。
悠真: ただ、7〜12%が「多いか少ないか」は議論が分かれるところです。CPython のベースラインを考えると健闘だという見方と、JIT の成果として期待値より控えめだという見方ですね。サンプリングプロファイラが入ったのは、実運用での遅い箇所を特定しやすくなるという意味で、むしろ JIT より実用的かもしれません。
葵: 3.10 サポートの廃止は、古いコードの移行を促す一方で、 LTS 的な使い方をしている人には負担です。ここでも「高速化」と「破壊的変更」が同時に来るという、Python 版の伝統的な緊張関係が見えます。
悠真: そして開発現場の安全化という意味で、もう二つ話題があります。一つは Quake のポートです。Quake が依存ライブラリゼロの安全な Rust に移植され、WebAssembly 上でソフトウェア描画され、ブラウザで遊べるようになりました。
葵: ここでの議論の焦点は、コミット履歴です。履歴を見ると、純粋な LLM による移植ではなく、人間の補助があったことが示唆されているとされています。これは、AI による大規模移植の「本当の姿」を示す良い事例です。成果物は Rust の安全なコードとして非常に高品質ですが、その過程には人間の判断が入っていた。純粋な自律エージェントの話として語るのは誇張だと、コミット履歴が教えてくれています。
悠真: もう一つが Microsoft が MXC をオープンソース化した話です。ポリシー駆動のサンドボックス化されたコード実行環境で、Windows、Linux、macOS に対応し、複数の隔離バックエンドを選べます。
葵: これは AI エージェント時代のインフラとして重要です。AI にコードを書かせて実行する場面が増えると、「どの権限で、どこで実行するか」が本質的な問題になる。MXC はポリシーで制限できるサンドボックスを提供することで、その答えの一つを出しています。
悠真: そして、この「実行環境の安全化」の延長線上に、小さくても便利なツールがいくつか出ています。carrier-explode 2.0 は iPhone、Pixel、Galaxy のキャリア設定をアーカイブしてデコードするもので、APN や VoLTE、5G の設定が JSON API と CC0 データセットで手に入ります。
葵: これは「通信事業者の隠れた設定を、誰でも検証できる形にする」というプロジェクトです。黒い箱を開ける作業ですね。そして big-arrow-on-the-screen という macOS の CLI は、AI エージェントが画面上に大きな矢印や枠、文字を描けるようにするものです。クリックスルーで、権限も不要、MIT ライセンス。
悠真: これは一見遊びのようですが、実は AI エージェントが「どこを見ているか」を人間に伝える手段です。AI が画面を操作する時代に、その注視点を可視化するのは、監視の透明性という点で意味があります。最後に REA がコーディングエージェントにリバースエンジニアリングツールを与えるというデモもあります。そこで Windows Calculator の「200+10%=220」という挙動や、Chrome の恐竜ゲームの速度ルールが説明されました。
葵: リバースエンジニアリングツールを AI に与えるというのは、「コードが読めない部分でも、動きから理解できる」ということです。エージェントの理解能力を、ソースコードの外にまで広げる試みですね。
悠真: さて、ここからはビジネス側の話です。まず TypeSafe AI です。a16z が主導した8億7000万ドルの調達で、評価額は75億ドル。Martin Casado さんが取締役に加わった。System One というモデル Jev を持っていて、年間経常収益が約1億ドルと報告されています。
葵: 一方 Oxide は Eclipse が主導する4億4500万ドルの Series D。興味深いのは「黒字化し、法人税を支払っている」という点と、大きな受注残があるという点です。AMD と Atreides も参加しています。
悠真: 二社を並べると、資本の動き方に変化が見えます。これまでの AI ブームは「物語と将来の可能性」に資金が向いていましたが、今回は ARR 1億ドルという具体的な数字と、黒字化という実績が評価の根拠になっている。
葵: つまり、実力と収益性で動く企業に資本が集中し始めている、という読み方ができます。Oxide が法人税を払っているという点が強調されるのは、それが「実体のある事業」の証拠として語られるからです。
悠真: ただし、未知数も明確です。TypeSafe の75億ドル評価額が持続するかどうか。ARR 1億ドルに対して75億ドルは、倍率としてかなりの水準です。今後の成長率が期待を満たせるかは、まだ誰にも分かりません。
葵: ここからは社会側の話題に移ります。まず食品表示の主張です。Wall Street Apes というアカウントが、「企業が原料分割という手法で、糖の供給源を別々に表記することで、果実が首位の成分に見えるようにしている」と主張し、それが拡散しました。
悠真: これは栄養ラベルの記載ルールに関する主張で、成分の順番が量の多い順になっていることを利用して、同じ種類の糖を別名で複数行に分けることで、実質的な糖含有量を相対的に低く見せる、という指摘です。
葵: ただ、これをどう受け止めるかは議論が分かれます。「企業が意図的にルールの抜け道を使っている」という批判と、「記載はルール通りで、読み手側のリテラシーの問題だ」という擁護。どちらにしても、表示の意図を正確に読み取るには、食品表示のルールそのものを理解する必要があって、一般には難しい。
悠真: そしてパナマでの地震です。マグニチュード7.6の地震がパナマを襲い、パナマ沿岸に1〜3メートルの津波が予測されました。重要なのは、地震の震源が運河の閘門から遠方にあったという点です。
葵: パナマの地震と聞くと、まず運河が心配になりますが、この地震は運河の閘門からは遠い場所で起きた。だから運河への直接の影響は限定的と見込まれます。ただ、沿岸部への津波予測は1〜3メートルで、これは無視できない高さです。
悠真: この二つの話題、食品表示と地震は一見無関係ですが、共通点があります。どちらも速報性と正確な文脈付けが求められる話です。食品表示の主張は「拡散された主張」で、その背景にあるルールや意図を文脈で補わないと誤解が広がる。地震は「速報」で、運河からの距離のような文脈がないと、不必要にパニックが起きる。
葵: 次は個人の工夫の話題に移ります。面白い三つ並びです。まず、オンタリオ州の YouTuber が、警察車両を追跡する ALPR カメラ、つまり自動ナンバー読み取りカメラを作ったところ、Peel 警察が自宅を訪ねて、そのデータをどうするつもりなのか意図を確認した、という話です。
悠真: これは議論の呼びやすい話ですね。「監視は一方向ではなくなった」という解放感と、「個人が警察を監視することに、警察が個人の意図を確認しに来る」という皮肉。ALPR でナンバーを収集して蓄積するのは、警察が日常的にやっていることです。それを同じ方法で個人に向けられたら、警察としては不快だろうし、一方で市民の監視権として擁護する人もいます。
葵: 法律上、ナンバーは公道で公開されている情報だから収集自体は合法、という見方と、しかし蓄積とパターン化はプライバシーの問題だ、という見方に分かれます。ここは明確な答えが出ていない未解決の論点です。
悠真: 一方、完全に逆方向の「監視されない工夫」も話題です。Fleeting というサイトは、合成音声で「もっともらしい偽の会議音声」を流すことで、ユーザーが忙しく見えるようにするもの。カレンダー招待ツールとセットで、使えるのは現時点ではイギリス英語アクセントのみです。
葵: これは笑えますが、深く考えると切ないですね。同僚に「会議中に聞こえてくる声」が合成音声だったとして、それを疑う人はいないだろう、という前提に立っています。つまり、リモートワークの「見える作業」という慣行が、ここまで形骸化したという現象として読めます。
悠真: そして最後に、Nick Park の話です。『A Grand Day Out』を、1980年代の大半をかけて、ほぼ一人で卒業制作として作り上げた。その後『Creature Comforts』でアカデミー賞を受賞しました。
葵: この三つを並べると、美しい対比が見えます。警察を監視する個人は、技術で公共性に挑戦している。偽の会議音声を作る人は、技術で「見える勤勉さ」を偽造している。Nick Park は技術をほぼ一人で、粘り強く、創作に注ぎ込んだ。どれも個人が技術を使った話ですが、目的と帰結が正反対です。
悠真: 「創造のかたちがさまざまに映る」というまとめ方になりますが、Nick Park の話が一番長い時間軸を持っていますね。10年近く一人で作り続けるというのは、今の AI で一瞬で生成する流れとは対極にあります。この対比を念頭に置くと、最後の話題が引き立ちます。
葵: 最後の話題は「資料と地形と再解釈」です。まず、Read Rare というサイトが45点の希少なメモや書籍を無料公開しました。スティーブ・ジョブズの Top-100 社員へのメール、1968年の Intel の社内メモ、Sequoia の「RIP Good Times」と呼ばれる有名なプレゼン資料などです。
悠真: これらは元々かなり限られた人しか見られなかった資料です。それが無料で読めるようになった、というのは知識の開放という点で大きな一歩です。歴史の一次資料がそのまま手に入るというのは、時代の空気を知るのに一次資料以上のものはありません。
葵: 似た構造で、土地の再解釈の話もあります。旧東ドイツでは、使われなくなった炭鉱が、ヨーロッパ最大級の人工湖の風景に変わりつつあり、今夏その節目を迎えました。
悠真: これは産業の遺産を、まるごと別の用途に転換する話です。エネルギー生産の場だった土地が、レクリエーションの場になる。土地の意味が付け替えられるわけです。
葵: そして遊びの再解釈。Triple-A 版の Minesweeper です。映画的手法の演出過多や、実績、DLC のジョークをふんだんに盛り込んで、コメディとしてマインスイーパーを再構築しました。
悠真: Minesweeper は元々シンプルさが生命のゲームです。それに AAA タイトルの「 massive な演出」を被せるという発想が、それ自体が批評になっています。過剰な演出が標準になったゲーム業界への風刺として読める。
葵: 最後にノーベル平和賞 2026 が、Navanethem "Navi" Pillay さんに授与されました。国際法の促進と平和への貢献が理由です。
悠真: 最後のまとめに入る前に、今日の話全体を貫く糸を確認しましょう。AI が数学と歴史で「人間が読み切れない資料」を処理できるようになった。その裏で安全性の問題が浮上した。オープンソースと企業の基盤は寿命がある。開発ツールは安全化と高速化が進む。資本は実力に向かい始めた。そして人間の意識と創造のかたちも変わる。
葵: そして、AI が新たな発見を速くするなら、人間側の役割は検証と共有と、粘り強い創作に移っていく。Nick Park が10年かけて作ったものは AI には生成できませんが、AI が435万ページから見つけた犀の記録は、AI なしでは出てこなかった。どちらも価値がある。ただ、両方がどう共存するかは、まだ誰も示していない。そこが、これからの課題として残っています。
悠真: 今日はここまでです。ありがとうございました。
葵: また来週お会いしましょう。